もうねなさい

ゲームとか大好きです稀に現実のことも

日記 散歩中立ち寄った喫茶店にて

一度たりともブログに書いたことはないが、私は散歩が趣味である。天気の良い日は意識的に散歩に思いを馳せる。いつもと同じ道、知った街並みと知った小川のせせらぎ。それでも日差しと風の匂いと木々の彩りは日々変わり、決して同じではないのだと感じる瞬間が好きだ。日々アップデートされるゲームのような、しかし一方で不安でもある。知らない建物が建っていたりそこにあった建物がなかったりするとまるで世界が急に自分から離れていってしまったようで…。

 

私は今日、散歩に出かけた。寒さは相変わらずだが風が柔らかく、冬の厳しさは感じられなかった。おそらく、散歩日和というのだろう。知った街並みを行く人々はいつもより歩くスピードが緩やかで、木々には蕾をつけたものも出てきているようだった。

 

県境付近の小さな公園を抜けようとした時、その男はいた。

 

「こんにちは。ああ…すいません。足下、木片が散らかっていまして。」その男は足元を指差して私に注意を促した。

「こんにちは。日曜大工ですか?」私は何を作っているのか、つい気になってその男に聞いた。いつもなら会釈をして無言で通り過ぎるだけなのだが、今日は違った。その男の足元には木片があるだけだった。

「いいえ。木材を切り刻んでいるのです。」その男は私の方を向くことなくノコギリで一心不乱に木材を分解していた。公園に植えられた木々の葉が陽の光を遮り、辺りが薄暗くなったようだった。

その男はボソボソと続けた。

「木の断面に現れた年輪は命の形。円環する生命を表しているか…それとも命の完全性を表しているか…。円とは欠けていない安定した状態。見ていると心が落ち着くのです。」その男は力任せに木を削る。その手や衣服に飛び散った木粉を見ていると、得体の知れない存在が人間の皮の下にあるように思えて不安になる。

「あー…それじゃあ…失礼します。」声を出すことがここまで大変だったことは無いだろう。私はぎこちない足取りでその場を離れようとしたのだが、その男が私を止めた。

「これもまた完全なるものです。どうぞあなたも。」私にくら寿司株主優待券を渡すと、男は再び木材と向き合い力任せに削り始めた。風が吹くと再び公園の樹木は音を立てて揺れ、日差しが差し込んだ。